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What's「市川市」


「市川市」の歴史地勢人口人口密度市内全駅乗降客数

「市川市」の地勢


地図 市川市は千葉県西部に位置し、西は江戸川を隔てて東京都葛飾区、江戸川区に接し、北は松戸市、東は船橋市、鎌ヶ谷市に、南は浦安市に接しています。都心からは、約20km圏内にあり、交通手段としては、JR総武線、JR京葉線、東西線、京成線、都営新宿線、国道14号線、京葉道路などが利用されています。標高は、国道14号線以南は2.5m以下の低地帯であり、北部一帯は、北上するに従って、標高が増し、20mを越える小規模な丘陵となっています。尚、土地の面積は、56.39km2です。


「市川市」の歴史



武士 市川市に人が住み始めたのは、今から約2万年も昔のことだそうです。市川市内に残されている貝塚は、約50個所もありますが、縄文時代のものとしては、姥山貝塚、曽谷貝塚、堀ノ内貝塚が、弥生時代のものとしては、須和田貝塚が有名です。

645年の大化改新によって、国府台に下総国府が設置され、
(千葉県内は、下総国府、上総国府<市原市>、安房国府<安房郡三芳村>の三国体制)奈良時代には国分寺が建立されています。

平安時代の頃は、中央集権の衰えから、地方政治が乱れ、平将門や平忠常の乱などが市内でも起きています。

また、源頼朝が鎌倉で幕府を開く際に、国府台で兵を集めたことも有名です。
戦国時代には、国府台で里見氏が、北条氏に敗れたため、市川周辺は北条氏の支配下となりました

徳川家康が江戸で幕府を開くと、行徳を天領として製塩の保護にあたりました。

明治、大正から太平洋戦争の敗戦まで、国府台には軍隊が駐屯していましたが、敗戦後は学園都市に生まれ変わっています。


「市川市」の人口

人 口:440,080人<県内4位>
世帯数:180,872世帯

(平成8年2月1日現在)

<参考>
「千葉市」人口:853,853人、世帯数:311,515世帯
「船橋市」人口:540,306人、世帯数:202,600世帯
「松戸市」人口:463,973人、世帯数:173,118世帯
−「柏市」人口:319,321人、世帯数:111,091世帯

「市川市」の人口密度

「市川市」:7804人<県内1位>

(平成8年2月1日現在)
<参考>
「千葉市」:3045人
「船橋市」:6225人
「松戸市」:7435人
−「柏市」:4183人

市内全駅乗降客数リスト

(単位:千人)

順位線駅名年間
総乗降客
年間一般
乗降客
年間定期
乗降客
1日平均
乗降客
JR総武線
2市 川 駅 44,43514,47529,960121
1本八幡駅 44,86715,00129,866122
6下総中山駅 15,890 5,10710,783 43
京成線
10国府台駅 5,596 1,599 3,997 15
11市川真間駅 4,888 1,952 2,936 13
16菅 野 駅 1,866 631 1,235 5
7京成八幡駅 13,594 4,612 8,982 37
15鬼 越 駅 2,005 1,078 927 5
14京成中山駅 2,129 1,042 1,087 6
東西線
5南行徳駅 18,165 5,77112,394 50
3行 徳 駅 29,823 8,56721,256 82
9原木中山駅 8,092 3,096 4,996 22
都営新宿線
4本八幡駅 21,294 6,63714,656 58
JR武蔵野線
8市川大野駅 8,546 2,275 6,271 23
JR京葉線
13市川塩浜駅 2,358 801 1,557 6
12二俣新町駅 2,793 674 2,119 7
北総線
17北国分駅 1,448 354 1,094 4
18松飛台駅 902 311 591 2
19大 町 駅 556 243 313 2


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